寝起きはいいほうだし、酒は次の日に残さない。そりゃ目覚ましかけずに一発で起きられるかと言われたら即答とはいかねーけど。でもこれって割と使えるスキルだろ。サークルで飲みつぶれる奴とかめちゃくちゃ見てきたし。あれってみっともねえだけだし、そんな醜態晒すのオレは絶対ヤダね。っつーわけで飲まされることはあれど、飲み潰れるのはそれとなく回避してきた。

「あ~~…………あったま痛え……」

 つもりだったのだが。
 前言撤回、容赦のない頭痛に思わずこめかみを抑える。思い返してみれば前日はレポートのために徹夜して、そのまま仮眠ひとつせず飲み明かしたのだった。いつもより酔いが回るのも当然だろう。
 普段ならこんなヘマはしないけれど、監督生――いやもう監督生じゃないんだけど――と一緒だからつい羽目を外してしまった。終電を逃すのは、一体これで何度目だ。
 今までならエペルやデュースを無理矢理呼び付けて送ってもらってたけど、生憎今回はそうもいかなかった。ま、卒業して二年も経てば彼女のひとりやふたり出来ても当然で、優先順位がつくのも当たり前だ。ずっと変わらないペースで会えるのは、よっぽどタイミングがいいか、どちらかにどうしても会いたいというガッツがあるかだ。そして監督生とオレ達は前者だった。そう、昨日までは。

「……つーかオレの服どこだよ」

 ホテルの空調はやたらに冷房が効いている。上半身に何も纏っていないことに気がついて、ガシガシと後頭部を掻きながら視線を部屋中へと注ぐとちょうど、監督生が隣で丸まって寝ていることに気がついた。オレのTシャツは知らないうちに監督生の寝間着になっていたようだ。
(あ~~…………)
 頭痛ついでに、額に手を当てる。昨日ヤっちゃったんだっけ……。彼女と別れて感傷に浸るタイプでもないくせに、昨日は酔っていたせいか自分を振り返るゾーンに入っちゃってたのも事実だ。求めれば応えられるように頑張ってんのに、ちゃんと彼氏をやってるつもりなのに、すぐにフラれてしまう。付き合ってほしいって言ってくるのは女の子の方から。だけどいつも振られるのはオレの方。オレのために、っつって、頑張って……例えばお弁当とか? 作ってくれんのとか、カワイイって思うんだけどな。オレがそう思い始めたところで、魔法が解けるように、映画が終わるように、いつもフラれてしまうのだ。
 ――対して好きでもないのに告白されて、ホイホイ付き合うから悪いんじゃないの。
 監督生の言葉を思い出す。呆れたような、面倒くさそうな口調からはオレへの好意なんて一ミリも見えない。まあ、六年も一緒にいて何にも起こらなかったから当然と言えば当然なんだけど。ナイトレイブンカレッジにいた頃からオレたちはこんな具合で、在学中なんかはオンボロ寮に泊まったこともあったのに、一度たりとも変な雰囲気になったことはなかった。
 その監督生とヤってしまったわけだ。

「……なー監督生、通知来てっけど」

 とりあえず、ホテルのチェックアウトの時間が迫っている。延長料金を取られるのはゴメンだし、Tシャツは返して欲しい。ベッドサイドに置かれた監督生の携帯が通知で光ったのを言い訳にして、眠りの国の狭間で唸っている肩を揺する。ゆっくりと開かれた監督生の瞳がオレを捉えた瞬間、安らかだった表情は思い切り歪められてしまった。



「……最っ悪!」

 チェックアウト後、ホテルを出て少ししたところにファーストフード店が並んでいたことを思い出したオレはとりあえず渋る監督生を連れて入った。社会人やってるくせにマジで厳しいのか、奢るからと言ったら着いてくるあたり、ちょろいとしか言いようがない。

「身体から始まるとかないからほんと。エースみたいに彼女いないからって告白されてホイホイ付き合うのと一緒にしないでほしい」

 モーニングからレギュラーメニューに切り替わる時間帯の店内は、客もまばらだ。掃除の行き届いていない二階でテーブル席を選んだ監督生は、吐き捨てるように言いながらハンバーガーの包み紙を乱雑に剥がして齧り付く。

「ハァ? お前だって前の店長とヤってから付き合ってたじゃん」
「あれは汚点だから口に出さないで」

 こいつ、人が下手に出てると思って……! まじカワイくね~。いや、そもそも監督生をかわいいと思ったことはあんまりないけど。それでも一応一線を超えた男女として、もうちょっとなんか、言うことあるだろ! こっちは「一番好き! ていう人を選べば?」って言葉通りにお前を選んだっつーのに。
 そういや監督生、エペルみたいな儚げ美少年がタイプ♡ とかなんだか言ってるくせに前付き合ってた店長はフツーのオッサンだったよなあ。せめてクルーウェル先生ぐらい顔立ちが整っていればまだわかるものの、見せてもらった画像にはただのオッサンが写っていたし、なんならオレの方がマシっていうか、百人いれば九十九人はオレを選ぶと思うね、絶対。

「あのオッサンはよくて、オレはダメなわけ?」

 ポテトを食ってた手を止めて問いかける。監督生の中であのオッサンよりオレが劣っているのが不服だった。
 呼び出したらすぐ来るくせに、なんなら元彼よりも、その元々彼よりも付き合いだって長いのに、なんでオレじゃダメなわけ。彼氏と別れる度に繰り広げられる支離滅裂な話を散々聞いてやったのはどこのどいつだよ。

「ヤッたら結構好きになるんじゃなかったのかよ」
「……あんなのほとんどゴーカンじゃん」

 監督生がオレを睨む。かと思えば、神妙な顔付きになりハンバーガーを食う手を止めた。そして、「エースが身体でお試しするタイプだと思わなかった」と呟いた。

「でも大事だろ、身体の相性」
「…………最っ低~」
「へ~、監督生って結構そういうの慎重なタイプ?」
「だったらなんなの」

 店長とはヤっときながら。というのは黙っておいて、むすっと唇を尖らせる監督生の顔をまじまじと見つめる。
 よく見ると、かわいい顔してんだよな。造形が整ってるとかじゃないし今日だって起きた後は化粧の時間しこたま取ってたけど、すっぴんだって愛嬌のある顔してる。そういえば、前の彼女はどんな顔してたっけ。三百枚写真撮っておいて、もう詳しく覚えていない自分の薄情さに笑えてきた。監督生に言われた時はムッとしたけど、案外当たってたのかも。たいして好きでもないのに、ってやつ。好きだったはずなんだけどなあ。

「だってさあ~…………付き合ったら別れるじゃん」
「はあ?」
「付き合うの、続いたことないでしょ、わたしもエースも。わたしらが別れたらデュース達だって気まずいよ」

 しばらく黙っていた監督生が口を開いた。神妙そうな顔をして何を言い出すかと思えばなるほど、そういうこと。

「別れなきゃいーじゃん」
「はい?」
「だから、別れなきゃいいって。お互い一番好きでいられるようにすりゃいい話。余裕じゃね? 監督生はヤッたら好きになるんだし」
「そこだけピックアップしないで。エースはちょっと短絡的すぎ」
「監督生は考えすぎだって」

 な? とテーブルの下で足を伸ばし監督生の爪先に触れる。すぐ蹴り返してきたから、簡素なテーブルがガタッと音を立ててズレた。でもその力は全然強くなくてオレの足も全く痛くない。

「警戒すんなよ」
「するでしょ普通に」
「退屈させねえって。約束する」
「…………えー………………」

 フロイド先輩に捕まった時以上に最悪と頬に描いてる監督生を前に、オレはニヤつきが抑えられなかった。好きだの嫌いだの、愛だの恋だの、そういうのの正体が見えてきた気がする。

「でも監督生も昨日は結構ノリノリだったじゃん」
「やっぱ死んで」

 監督生とは六年の付き合いで、ただの友達だ。オレの中で女の子っていうのはいつも柔らかくて完璧にグロスを塗った唇に弧を描いて笑ってオレのこと好きだって言ってくれて。でもちょっとしたことですぐ機嫌を損ねるし、自分が一番じゃないと気が済まないような子ばっかだった。だから、ある意味監督生とオンナノコはずっと遠い位置にあってイコールで結びつくことがなかった。
 考えることが面倒になったのか、監督生はオレのポテトを奪って口に放り込んでいく。その姿を見ながら、いっつもオレが振られる理由を思い返していた。「エースが私を好きなのかわからない」。そういやその前には必ず監督生の話があったのに、なんで気が付かなかったんだろう。付き合って別れを繰り返されるたびにオレのマジカメから消える元・彼女たち。けれど決して消えない監督生。どこから来たのかわからない不確かな存在が、オレの中では確かなものになっている。
 手始めに、とりあえず夢の国行こうぜと立ち上がると監督生は不服そうな顔で「元カノと同じところ連れてくなよ」と言ってオレの差し伸べた手に自分のそれを重ねた。

20211025/ パンタレイ
(bouquet再録)