高校生らしく、待ち合わせは駅前のファーストフード店で。……というより、この間出来たばかりのSNSで話題になったドーナツ屋は既に撤退を決めてしまって、わかりやすい場所なんてここか改札前くらいしかなかったのだ。
 いつになっても繁盛する気配のない駅前広場を見渡す。土曜日の午前中だというのに人通りはまばらだ。この町ののんびりさを心地良く感じる時もあれば、十七歳のおれ達は時々その寂れ具合にがっかりすることもある。でも今日だけは好都合だった。

「ゴメン、お待たせ」

 篠村が現れたのは待ち合わせの五分前。別に待ってないけどと返しながら、五分前じゃん、とわざわざ着けてきた腕時計を指さす。

「あ、ほんとだ」

 無防備に篠村が覗き込む。近付いた髪からシャンプーなのか、それとも特別ななにか、香水とかつけてるのかわからないけどおよそ男からはしそうにもない香りがした。姉ちゃん達とも違う、派手さのないそれに僅かながら胸が跳ねる。
 遠慮のない距離感は昨日までと一緒で、でも昨日までとは違うのは、おれ達が恋人同士だってこと。

 ホームにちょうど来ていた電車に乗り込むと、駅前の過疎具合はどこへやら、車内の椅子はどこも空いていなかった。仕方なく、扉前の持ち手側に篠村を誘導する。おれの背を扉側に向けとけば、乗り降りで篠村が人の波に流されることもないだろう。別に、篠村だって弱くないどころかB級隊員でそれなりに実力だってあるんだけどこのくらいは、一応。

「……付き合ったの、誰かに言った?」

 映画館のある四塚市までは隣町といえど駅を三つ過ぎる必要があった。三門と違って水族館や動物園なんかもあるから、太刀川さんみたいに戦いが趣味でなければ休日はこの街で過ごすボーダー隊員も多い。
 扉とおれの腕に囲われた篠村が控えめに尋ねる。おそらく、誰かに見られたらどうする? という意味だろう。特に隠す必要もないけど、堂々と宣言するにはまだ恥ずかしいといったところか。

「いや、っていうかまだ何時間も経ってねーし」
「そっか、うん。確かにそうだ」
「黙ってた方がいい? っつっても、その内バレるだろうけど」
「ううん、言ってもいいならそっちの方がいい」
「へえ?」
「みんな応援してくれてたし」
「へー……って待て。みんなって誰」

 聞き捨てならない単語が聞こえて、会話に待ったをかける。問いただすと、腕の中で篠村はキョトンとして指折り数え始めた。

「ヒカリとか桐絵とか、亜季とか……? 玲も知ってるかな? あと何故か迅さん」
「迅さん」
「前めっちゃ意味深な顔されたんだよね……」
「マジかよ」

 あの人、何やってんだ。ていうかそれだけ知ってたら女子なんかほとんど全員知ってるようなもんじゃん。名前が挙がらなかったにせよ、ミョ~に勘のいいやつもいるし絶対筒抜けだろ。女子って……、とそのネットワークに軽く恐怖すら覚えていると、篠村がひとり呟くように問いかける。

「気をつけたほうがいいよって言われたんだけど、わたし、何か気をつけた方がいい?」
「篠村はそんなこと気にしなくていーから」

 だから、何言ってくれてんだって。うかがうみたいに覗きみてきた篠村の視線を手で遮る。くそ、余計なこと言うなよ。そりゃいきなり昨日キスしたけどさ。それ以上はちょっとまだ。嫌われたくないし、慎重にするって決めたんだ。

 四塚市の映画館はそれなりに混んでて、流行りの洋画の席はもう少ししか空いていなかった。隣あった席を買って、ポップコーン片手に場内に入る。こういうのにありがちなラブシーンとかあったらちょっと気まずいかもと思ったけど、杞憂に終わってほっとした。最初から最後までアクション映画の名に劣ることなく派手なシーンが続いて期待以上に楽しめたし、篠村も出てくるなり頬を高揚させていた。
 映画が終わった後も、ここならカラオケだって飯屋だってなんだってある。別に、篠村と一緒ならどこでも、なんなら本部で過ごしたって楽しいはずだけど、初めてのデートがそれでは色気なさすぎる。せめて最初くらいはちゃんとしたい。

 その後、おれ達が三門市駅に着いた頃にはもう辺りは暗くなっていた。これまで何度か送ったことがあるから、篠村の家はここから十五分も歩けば着いてしまうことをおれは知っている。もうちょっと一緒にいたいし本部に誘ってもいいんだけど、篠村は既に今日、何本か模擬戦をやってから来たみたいだし、それは諦めた。
「なんか、こうしてるといつも通りみたい」
 迷っていると、すっかり休日を満喫した様子の篠村がんん、と腕を前に伸ばしながら言った。待った。なんだ、いつも通りって。

「何その顔」
「いつも通りじゃねーよ」
「え?」
「だってオレら、彼氏と彼女じゃん」

 確かにまだ二十四時間も経ってないし、時間が関係をつくると言うならなにもかもが足りなさすぎるかもしれないけど。でも今日ずっとおれは彼氏のつもりで、篠村のことだって彼女として扱ってきたつもりだ。普段なら着ないような服も、姉ちゃんにダメ出しされながら選んだり、待ち合わせ場所にはちょっと早めに行ったり。楽しんで欲しくて、映画のこと検索したり。そういうの全部、相手が恋人だから、篠村だからだ。なんでとかどういうとこがとか、言葉にするのは得意じゃないけど、でも篠村と一緒にいるのが楽しくて、かわいいなって思って、笑っててほしいって、そういうのは伝わってるほうがいい。

「ごめん。……なんかあんま実感なくて」

 篠村が視線を下げたのに「キスまでしたのになー」と冗談で返す。謝ってほしいわけじゃないし、怒ってるわけでもなかった。でも、

「手繋いでくれたら許す」

 触れたい気持ちを誤魔化す理由にはさせてもらって。

 篠村の家のあたりは警戒区域じゃないから灯りの着いた家も多い。行き交う人はまるでいないし、駅前も相変わらず閑散としてたけど、この町にはまだ何人だって住んでいる。その中から出会って好きになって、恋人になるのってすごい確率だ。
そうっと指が絡み合った気恥しさから視線を上に逸らす。すっかり暗くなった空には数えられる程度に星が浮かんでいた。おれはなんとなく、それと自分のトリオンキューブの数を重ねる。攻撃は千発撃てるし星の数ほどこの世には人がいるけど、こうして手を繋ぐのはこれから先も篠村ひとりだけだといい。……トリオンキューブと一緒にすんのはちょっと、ナシか。

「なあ篠村、明日どーする?」

 恋人になって数時間。戸惑いや違和感や恥ずかしさは触れ合って確かめて、おれ達恋人なんだって胸張って言えるようになりたい。
このままでいたい気持ちとちゃんと帰さなきゃって気持ち、いろんな思いをないまぜにしたまま、指の力を少しつよめる。十七歳。大人と子供の狭間で目の前の恋を本物にするために精一杯だった。

20211025 / メロウ・ワルツ
(bouquet再録)