友達にしかみられてない事くらい、わかってた。ただ嵐山の友達になれるのだって限られた存在だったから、それで充分な気もしてた。そこに「いつか」とか「もしかしたら」なんて勝手にわたしが願いを掛けていただけで。

「大荷物だな」

 登校した途端に迅が呆れ半分で言うので「うるさい」と返す。わたしの右手にはお弁当がふたつ入ったカバンが握られていた。
 それもこれも、嵐山がわたしのつくるお弁当を美味しそうだなと言ったからである。
 弟と妹がおり、お父さんもしっかり働いている嵐山家では、嵐山も含めるとお弁当が四つも必要になる。優しい嵐山はお母さんに気を遣って、学食で済ませるからお弁当はいい、と話しているそうだ。事実、ボーダーやその広報の仕事で忙しいと学食やラウンジのカフェ、それから仕事で出るお弁当のほうが時間の制約がなくて便利だとも言っていた。それでも、どこかで手作りのお弁当を羨ましく思うのだろう。

「……しかし手作りとは、泣けるね」
「茶化さないで。……わたしもそう思ってるんだから」

 食べてみたいな、とか。わたしの将来の旦那はしあわせものだな、とか。手作りのなんてことないお弁当をみて、片想いしている相手に言われたら「作ろうか?」と言ってしまうのが恋というものだろう。お陰でいつもは冷凍食品で済ませるおかずも昨日の夜から手作りをした。眠い時は無視する彩りなんかにも気を遣って。キャラ弁とまではいかないけど、目でも楽しめるよう作ったつもりだ。

「……喜んでくれるといーね、嵐山」

迅の言葉に、こくりと頷く。



 本当ににすまない、と表示される携帯のディスプレイに、いいよ頑張ってね私達の広報なんだから、と努めて平気を装って打ち込む。しばらく待っても返事はなかったから、既に現場に向かったのだろう。今度顔を合わせた瞬間に謝罪されるんだろうな、と思うと気が重い。がっかりした顔をせず、ちゃんと笑って大丈夫だよと言えるだろうか。
 ひとり、自分用のお弁当を開く。本当なら隣に嵐山がいて、同じ時間を過ごしていたはずなのに。彩り豊かなおかずは朝の浮かれた私を思い起こさせて、恥ずかしくなる。
 ――……なんとなく、こうなるんじゃないかってわかってたじゃないか。こうやってショックを受けないように、いつだって期待しちゃいけないと、予め予防線を張っているのに。
 でも。もし、彼女だったら、嵐山はなんとしてでも食べてくれたかなあ。なんて考えてまた落ち込む。
 わたしが、彼女だったら、好きな人だったら。無理してでも時間を作ってくれたかなあとか。朝から受け取ってくれたかなあとか。わたしも、いいよなんて言わずに押し付けてしまえたかなあとか。
 屋上から見える本部が憎い。とりあえず嵐山を広報にした城戸司令とあとなんとなく忍田さんと鬼怒田さんと唐沢さんと――……なんて八つ当たりリストを頭の中で作っていたら、ふと「よう」と迅が現れた。

「……渡せなかったんだ」
「どうせ視えてた癖に。言ってよ」
「言っても聞かないだろ」
「そうだけど」

 迅がわたしの隣に腰を下ろす。言い方から察するに、私が嵐山にお弁当を渡せた未来はどこにも視えていなかったらしい。片想いの始めこそ迅のサイドエフェクトに何度も相談に乗ってもらっていたけれど、こうして報われない結末が多すぎて聞くのを辞めてしまったのだ。

「弁当は?」
「これ」
「食っていい?」
「ドウゾ。ぜひ供養してあげてください」
「ヤケ食いしないんだ」
「虚しすぎるし……」
「じゃ、お言葉に甘えて」

 嵐山のために用意したお弁当箱を開けた迅を見届けて、卵焼きを口に入れる。焼きムラのひとつも見当たらない黄色いそれは、我ながら美味しくて更に虚しくなった。

「うま。やっぱ料理上手いね」
「迅に褒められてもなあ〜」
「嵐山もバカだねこんなに美味いのにさ」
「気合い入れたしね……バカはわたしだよ」

 ため息を吐いたわたしの頭を、迅はよしよしと言って撫でる。

「それで慰めるおれもバカだよね」

 そんな事ないよ、いつも助かってますよ。撫でられながら言うと、迅は微妙な顔をした。

「……また作ってよ、今度はおれに」
「ええ〜、ヤダよ手間だし……」
「おれじゃダメって事か〜。わかってたけど」
「わかってて何で言うの」

 何でだろうね。笑う迅の横顔はどこか寂しそうに見える。その理由は、箸で掴んだトマトが転がったせいで聞きそびれてしまった。

20xxxxxx / 那由他の星くず