乱雑に放り出され椅子に王子が静かに腰を下ろす。5分前までそこに座っていた犬飼とは異なった優雅さで。

「犬飼くんもよっぽどつぐみさんがお気に入りなんだね」

 クスクスという笑い方は気品さえ感じるが、つぐみはこの男がどこか苦手だった。せめて視線は合わせまいとする。ラウンジのテーブルはキチンと清掃されており、やたらと真っ白なのが目に痛い。

「馬鹿言わないで。澄晴はからかってるだけ」

 そう。自分が犬飼の"お気に入り"であるはずがないのだ。つぐみは自分の中の僅かな希望を塗り潰すかのように、王子に告げた。
 澄晴はからかっているだけ。小さい頃からそうだった。わたしがなんにも出来ない幼馴染だから、と。
 その証拠に、同期の王子は既にB級で隊長を務めている一方で、つぐみは隊長どころかこの間ようやくB級に上がったばかりなのだ。

「確かにそうだね。君が犬飼くんのお気に入りであればきっと今頃2人は付き合ってるはずだもんね。幼なじみだっけ?」

 思わず奥歯を噛み締める。つぐみは王子のこういう所が苦手だった。笑いながら、人の痛い所を確実に突いていく。

「何が言いたいの」
「犬飼くん、彼女が出来たんだってね。つぐみさんはそれを理由にからかわれた」
「だったら、なに」
「ねえつぐみさん、犬飼くんの鼻を明かしたいと思った事はある?悔しい顔を見たいと思った事は?」

 その言葉に、つぐみは顔を上げた。テーブルを挟んだ向かい側で肘をついてこちらを見つめる王子の表情からは、真意が読み取れない。ただ、冗談を言っていないことだけは、理解できた。

「つぐみさん、ぼくと付き合おうよ」

 ──それがどうして澄晴の鼻を明かす事となるのか。
 浮かんだ疑問の答えを探る事は放棄し、つぐみは王子の瞳を見つめ返す。

「王子までわたしをからかわないで」
「からかってないよ、本気で言ってる」
「わたしが本気でそれを受け取ると思う?」
「思うさ。犬飼くんはつぐみさんを自分の所有物だと思ってる。悔しくはないかい?」

 そうして気が付いた。嫌いだと思っていたこの男の人を食ったような笑い方が、十年来の想いを寄せる幼馴染を思い起こさせるのだと。

20xxxxxx / 悪者になるのは誰の為