居酒屋の騒がしさはわたしをどこか孤独にさせる。
友人に誘われるがまま入ったサークルで幽霊部員となってから、もう2年が経とうとしていた。せめて新歓コンパには出ろと大学近くの居酒屋に無理矢理引きずり出されてからは1時間。既に時計は21時を過ぎている。
 初めは新入生がいることもあり、そわそわとした飲み会だったけれど、飲み放題の恩恵に預かり、2杯・3杯と飲み進める人が増えるにつれ、馴れ合いも盛り上がりをみせていた。既に隣に座っている男女なんかは、連絡先を交換したようだ。一体何に使われるんだか。

 ――帰りたい。その一言が、脳内を占拠する。どうせ帰っても、誰もいないのに。
 どこにいても、自分の居場所じゃないと感じる。両親が死んでからずっとだ。笑っていても、何をしていても、心の奥底が動かない。ここに居てもいいのだと思うことなんて滅多になくなった。
 わたしは、一体いつまで悲劇のヒロインでいるつもりなんだろう。
 近界民に家族を殺されたなんてエピソード、三門では珍しくともなんともない。ありふれた話だ。わかっていても、区切りがつけないでいる。

「なあ、近界民に両親殺されたのって、お前?」

 余白を埋めるように、グラスに口をつけると、ふと肩を叩かれた。振り向くとヒゲを生やした男が片手にビールを持ってわたしを見つめている。

「は?」
「だから、近界民に両親殺されたのはお前かって聞いてる」

 初めましてにしては失礼な質問に思わず眉間に皺が寄った。そっちだって無遠慮なことを聞いてきているのだから、こちらだって不快に感じていることを隠さなくたっていいだろうと判断し、できるだけ威嚇したつもりだったのだが目の前の男にはわたしの意図まったく伝わっていないようだった。

「何でそんなこと言わなきゃならないんですか?」

 そーだぞたちかわ、おまえ、しつれいだろ、既に随分酔った様子の別の男の人が違う席からやってきて、タチカワという髭面の男の頭を叩いて去っていった。それを見送ったタチカワさんは、またわたしに向き直る。

「なんか、つまんなさそうにしてるから」
「はぁ?」

 あなたに何の関係があるんですか?喉元まで出かけた言葉は、タチカワさんにかき消された。

「殺してやろうか」
「は?」
「おれならその近界民、探し出して殺してやれる」

 なにを、言っているのだろう。記憶がわたしの体を駆け巡る。お父さんとお母さんがしんだひのこと。おばあちゃんとおじいちゃんに引き取られたこと。仇をとるためにボーダーに入ろうとしておばあちゃんに泣かれてしまったこと。憎んでもどうしようもないこと。
 喧騒が遠ざかってゆく。タチカワさんの目の奥を見つめても、わたしが困った顔をしているだけだった。

20xxxxxx / 冗談で済ませたい
(続き物になる予定でした)