「悪ぃな、付き合わせちまった」
「ううん、お母さん喜んでくれるといいね」
「ああ」
お会計を済ませて、お店を出る。自然とわたしの手を掬うその手がうれしい。もう片方の手の紙袋もおんなじように大事そうに握られているから、轟くんのお母さんがどうかふたりで選んだ贈り物を喜んでくれますようにと願わずにはいられなかった。
轟くんの両手はいつも誰かなにかを守っている。
空はもう水色にオレンジのフィルターをかけたような色になっているけれど、でもまだ別々の寮に帰るには早すぎるような、惜しいような。というよりもっと轟くんと一緒にいたくて、帰ろうかと提案される前に、このあとどーする?と尋ね……かけたところで、わたしより先に轟くんが同じ質問を投げかけてくれた。
「……何笑ってんだ」
「あ、ううん、なんか同じこと考えてるのかなって」
「そうか」
「あの、轟くんさえよければ、轟くんのお部屋に行ってみたいなーって、思うんだけど…」
入寮の日、A組のみんなはそれぞれのお部屋を見せっこしたそうだ。わたしはもちろん別のクラスだから、轟くんの部屋どころかA組の棟自体にも入ったことがない。ただただ純粋に羨ましかった。みんなが知ってるのに、わたしだけ知らない轟くんのこと。
「ダメだろ」
けど。その願いは一蹴されてしまう。
「やっぱり、別のクラスの寮に入るのは許可がいるよね……」
「別に、ちょっと入るぐれェならいらねーんじゃねえか」
「えっ、じゃあなんで……み、見せたくないとか」
「いや、俺がお前とふたりで手を出さねー自信がねェ」
「………………て、…」
「お前ちゃんと言わねェと誤解すんだろ」
あんまり轟くんがふつーのことみたいに言うから思わずピタ、と固まってしまった。じっと瞳の奥まで見つめてくる視線から逃れるように顔ごと背ける。からだじゅうの温度がカッと上がって、汗が吹き出した。
いろんなことを考える。手を出すっていうのは、そういう……叩くとかの、乱暴なことじゃなくて、たぶん、ちゅーとかの、触れたいっていうほうだ。わたしにキスしてくれるときの、轟くんの優しい手とかまなざしを思い出して、また体の温度があがる。でもいやじゃない。轟くんに触れられるのは、ちっともいやじゃなかった。
「い、いいよ。と………轟くんなら、いいよ」
きゅうっと、緩んでたじぶんの指先に力を込めて、繋ぎ直す。轟くんがどんな顔してるのか見るのがこわいから、そっぽ向いたままだった。でもわたしの赤い耳が、上がった体温が、ぜんぶで轟くんをすきだって言ってる。きっとなんにも隠せてない。
「意味わかって言ってんのか」
「わ、わかってる……たぶん」
ふわふわと力が入らない足で寮に向かって歩き出そうとすると、不意に轟くんが手を解いて、わたしのみみたぶに触れる。反射的に振り向くと轟くんが目を細めてわたしを見つめていた。
「赤ェ」
「だって」
「俺のせいか」
「ほ、他に誰が」
「……どうなっても知らねェぞ」
春にしては妙にあたたかい日だった。緊張で震えるわたしの手を握って寮へと歩みを進める轟くんの、髪の隙間から見える耳の形はきっと一生忘れられないだろう。
20xxxxxx / 御機嫌なハミング