返事は今すぐじゃなくていい。けど、一度だけでいいから、二人で出掛けてもらえないか。
 という荒船の言葉は、その前に添えられた「好きだ、」に驚きすぎて、正直に言えばあんまりちゃんと聞いてなかった。

 じゃあ今度の非番の日に。そう告げて隊室へと戻っていく荒船の背中を見送った後わたしは一目散に摩子の所へ向かう。出かけるって言ったって…………服がない。他に考える事はあるはずなのに、ただただそればかりだったのは、心臓があんまりうるさくて、混乱していたからかもしれない。



 待ち合わせの日。前髪がどうも気に入らなくて何度もコテを通している内に時間になってしまったので走る。磨子に選んでもらったワンピースの、膝で翻るフリルが妙にこそばゆい。

「ごめん、待たせた」
「いや、全然……」

 振り返った荒船は「いつもと雰囲気違うな」と鼻を搔いた。

「ま……磨子に選んでもらって」
「へー……」
「…………」
「……………………」
「……かわいーな」

 死んじゃう。と思った。つやつやのリップも上げた睫毛も別に特別なんかじゃないのに、これじゃ全部荒船のためのものみたいだ。何にも言えない代わりに、ポシェットの持ち手をぎゅうと握る。そうでもしないと自分を保っていられなさそうだった。

「……とりあえず飯食おうぜ。腹減ってる?」
「減ってる! ちょう減ってる!!」
「そりゃよかった」

 荒船の案内で、わたしたちは少しだけ歩いた先にある小さなカフェにたどり着いた。レジの前にハンドメイドのアクセサリーが並んでいたり、木のソファにカラフルなクッションが並べられているところなんかはわたし好みで、胸を弾ませる。
 手書きのメニューだってどのページもかわいくて美味しそうでひとつに決めるのが困難だった。そういえばカゲのお店ではカゲが適当に持って来てくれるから忘れてたけど、わたしはこういう時優柔不断なのである。

「決まったか?」
「んー、ちょっと待って……」
「何と悩んでんだよ」
「茄子のグラタンとカルボナーラ」
「あ、すみません注文いいですか」
「えっ 待っ……」

 言うやいなや、荒船は店員さんを呼んでスマートに茄子のグラタンとカルボナーラのランチセットとそれから取皿なんかを頼んでみせた。「……いいの?」と尋ねる。

「分ければどっちも食えるだろ」
「……なんか、優しいんですけど」
「まあ……好きになってもらいてえし」

 視線が外されたせいで、荒船の赤く染まった耳がよく見えた。心臓がうるさい。今まで、荒船の前でわたし、どんな風だったっけ?こんなの、もう答えは決まってるようなものじゃないか。

20xxxxxx / この甘さで思い知れ