片想いでも両想いでもはたまた両片想いでも恋する乙女というものは悩みのつきないやっかいな生き物らしい。青い空と白い雲。女の子同士の屋上でのお弁当タイム。そんな絶好なシチュエーションに似合わない溜息を落とすと向かい側でお弁当を食べていた凪ちゃんが心配そうな声でわたしを呼んだ。

「つぐみちゃん、悩み事ですか?」
「あっ、ごめん。溜息ついちゃってた?」

 こんなかわいい凪ちゃんを心配させちゃってばか!わたしのバカ野郎!戒めるようにフォークに刺してたウインナーを無理矢理食べると凪ちゃんが眉をハの字にさせて、
「…子津さんの事ですか?」
と言うもんだから思わずたこさんウインナーを喉につまらせるところだった。案外凪ちゃんは鋭い。

「どどどどうしてわ、わかったの?!」
「いつも元気なつぐみちゃんが悩む事はいつも子津さんの事ですから」

 にっこりと笑った凪ちゃんはきっと無理に言わなくても見守ってくれるのだろうけど、…そういや凪ちゃん、猿野と付き合ってたよなあ。つまり、恋の先輩というわけだ。ウインナーをごくりと飲み込んでわたしはここのところ悩んでいたひとつのことを告白する決心をする。

「子津くん、わたしに興味ないのかなあ」
「! そんな…!」

 否定してくれる優しい凪ちゃんに甘えてわたしは言葉を続けた。雑誌や女の子の話で聞く、付き合ってからのカップルがすること、わたしたちはぜんぜんできてない。それはイコール、どう考えてもわたしに魅力がないわけで。

「なんか、もう付き合って3ヶ月にもなるのに何にも進展がなくて…そういえば告白だってわたしか「ちょっと待ちなさい!」

 ふいに屋上の重そうなドアがバーンッと大きな音をたてて開き、そのままおさげのやたら大きなお、おんなの、こ?なんというかまあとにかく女性の方(?)が睫毛をバシバシと瞬かせさせながらずかずかとわたしたちの間に入り、
「そんな事なら愛の伝道師・明美におマカセ!」
とウインクした。あ、愛のでんどうし…?と思っていると凪ちゃんが「明美ちゃん!」とパッと表情を明るくさせる。え、知り合いなの?!!

「つぐみちゃん、この方はすごいんですよ…!かつて私も気になっている方のお話をしましたら……さ、猿野さんとお、おつ、お付き合いすることが出来まして……」
「そ、そうなの?!」

 ふむ。凪ちゃんの太鼓判なら愛の伝道師というのも本当なのかもしれない。メッチャ怪しいけど…女の子にしてはゴツいけど…ちらりと横目で明美さんを見るとテヘテヘと何故か照れていたけれど、はたとわたしと目が合ってすぐ、立ち上がる。

「ネズッチューの彼女!!」
「へあ!は、はい!」
「凪さ…じゃない、凪ちゃんに太鼓判を押されたからにはネズッチューのようなShy Boyを一発嘔吐させるくらいメロメロにする恋愛テクをこの明美お姉さまが教えちゃるわ~!」
「ほほほほんとですか!!」
「おうよ!大人の階段も一気に春夏秋冬の内装を施したエレベーター化よ!」
「わー!ありがとうございます明美さん!!」
「頑張ってくださいつぐみちゃん…!」
「まず本邦初公開、全米も涙する明美の暴走LOVEトレインLesson1はね…」
「ほほう…」







 …す、すごいことを聞いてしまった…明美さんの暴走Loveトレインはレッスン1からΩまであって、こ、これをクリアすればタイタニックも真っ青、長年理想の夫婦ナンバーワンに輝くももえちゃん夫婦も裸足で駆け出すくらいら、ラブラブになれるというのだ…!め、めざせ大人の階段エレベーター化!分速600m化!よっしゃ!と握りこぶしをつくった所で「篠村さーん!」と向こうのほうから子津くんが走ってやってきた。まっすぐわたしの方に近づいてくる姿に少しどきりとする。け、けど負けてられない!わたしの今日の使命は子津くんにドキドキしてもらうことにあるんだから!そっからこのわたしと子津くんの間にある壁を鬼塚英吉も真っ青どころか真緑の顔になるレベルのハンマーで打ち砕くことにあるんだから!

「すみません、結構待たせたっすね…」

 部活も終わったのに汗だくになって走ってきてくれる子津くんにすぐわたしは「全然待ってないよ!!」と答えそうになったけど、すぐ口を噤む。よ、よし、まずはレッスン1、待ち合わせに遅れてきた彼氏に一言…!

「まっ!ま、ま…待った分、こ、これからの子津くんの時間はわっわたっ、…わたしの物、だ、だよね?」
「え、」

 はずかしすぎるわー!!!!!子津くんもかた、か、固まってる、し…ううう、と恥ずかしさに唇を噛み締め泣きそうになっていると子津くんが少しだけ顔を赤らめて「…そうっすね」と答える。お、おおう?!

「何か、食べたいものとかありますか?奢りますよ、待たせちゃったし」
「うっううん!あ、あの、じゃあ手!手、つなぎ…たいな…へへ」
「手、っすか?」
「う、うん。だめかな…」
「そ、そんなことないっす!こちらこそっすよ」

 子津くんはフルフルとわたしの言葉を否定して、すぐ手を差し出してくれたので、わたしもその大きな手に自分のそれを重ねる。ほんとは手を繋ぐときは明美さん曰く「この手をもう二度と離さないでネッ☆」って言わなきゃいけなかったんだけど…今までも何回かくらいしか手を繋いだことがなかったし、うれしい。子津くんが、いやじゃないって思ってくれてたことがすっごくすっごくうれしい。

「いつもいつも待たせてしまって申し訳ないっす」
「う、ううんそんなことない!わたし、子津くんの練習見ながら、待ってるのすごくすきだし…っていうか、わたしこそむしろみんなでいつも帰ってるのに、一緒に帰ってもらってごめんねって感じだし…あ!今日もさ、すごかったよね!あの、スワロー?っていうの?グイーンってさ!」
「篠村さん…」
「わたし、子津くんのこと、すきになってから野球の勉強、はじめたんだよ!最初は子津くんとお話できたらなって思って、はじめたんだけど、今は純粋に野球がすきで、でもそれって子津くんのおかげだね!」
「篠村さん」

 握ってる手の暖かさがわたしのと混じって、はずかしいのをごまかすように、それから子津くんを待ってるのは全然苦じゃないことを伝えようと話していると子津くんがわたしのつぐみを呼ぶ。

「?どうしたの?」
「て…」
「て?」
「照れるっす」

 少しだけ震えた子津くんの声に、わたしもハッとする。こ、これじゃむちゃくちゃ子津くんのこと、すきみたいだ…!いやそうなんだけどさ!帰り道はすっかり夜に溶け込んで、歩みを止めたわたしたち、二人きり。こ、これはいいムードなんじゃないのかな…?!明美さんのレッスン2、あ、あのセリフを…!む、むちゃくちゃ恥ずかしいけど、…!

「ねっ!子津くん!」
「は、はい!」
「わたし!子津くんのこと、す、す…すきだよ!」
「えっは、はいっす!」
「だ…だから………子津くんも、わたしのこと、も~っと好きになーれ!」
「…え、」
「…………………………………な、なーんちゃって、へへ(外したーー!!!)」
「ど、どうしたんっすか篠村さん?!今日何か変っすよ?!」

 あ、明美さんすみませんおもいっきり外しました…!子津くんがむちゃくちゃ心配そうな顔でわたしを覗き込む。う、うええ近い…!さっきまでいい雰囲気だったのに…!「篠村さんどうしたんっすか、疲れてるんすか?」と子津くんがもう一度尋ねる。

「じ、実は…」
「実は?」
「あ、明美さんという恋愛のエキスパートに…」
「え、」

 これ以上こんな優しい人に心配をかけてはいけないと、わたしはぽつぽつ話し始める。子津くんと付き合えて、うれしかったこと。でも、付き合うの、初めてで、よくわかんないから、子津くんになにもできてないんじゃないかなって、なにをしたら喜んでもらえるのかなって、わからなかったこと。ほかのカップルは三ヶ月経ったらラブラブもラブラブといったところなのに、わたしたちはまだ手も数えるくらいしかつないだ事なくて、不安だったこと。わたしに魅力がないんじゃないかということ。子津くんにすきになってもらいたくて、明美さんに相談したこと。
わたしはほとんど泣きそうで子津くんの顔が見られなくて、繋いだ手をふらふらと揺れさせながら言葉を終える。

「だ、だから明美さんの教えに従おうとして…で、でも失敗しちゃった、っていう…ば、ばかだよね、ごめんねづくん」
「篠村さん」
「…!」
「心配、しなくても。僕も篠村さんの事、すきっす」
「へ」
「その、ボクも不慣れで付き合うって何をすれば篠村さんに喜んでもらえるとかがわからなくって、不安にさせてしまって申し訳ないっす」
「ね、子津くんのせいじゃないよ?!わ、わたしが…」
「でも、篠村さんのこと、ボクは大切にしたいって思ってるっす。篠村さんの笑った顔が、ボクは一番すきっす。だから、背伸びして怖がらせるようなこととかは、したくないんす」
「ね、子津くん…」

 子津くんがまっすぐわたしを見て言うから、わたしの不安だった気持ちとか、馬鹿やって嫌われてないかなあとか、そういう気持ちが全部とけていく。

「っていうか一番聞いちゃいけない人に聞いたんすね…」
「え、そうなの?!」

 わたしばっかりすきなのかなって、思ってたけど、子津くんはほんとはわたしのこと、よく見てくれてるって気付いた。手つなぐのだけでまっかっかになる、わたしのこと、子津くんは待っててくれたのかな。告白した時のことを思い出す。ほとんど話したことなくて、わたしは犬飼くんかっこいいよねーって友達についてきてもらって、野球部の試合観に行くばっかりだったのに、子津くん、わたしの名前知ってた。野球で疲れてるのに、帰り道、反対方向なのに、勝手に待ってるわたしを送ってくれる子津くん。はじめて手をつないだとき、空気を掴むみたいに優しく触れてくれた、子津くん。わたしの中の子津くんがすきだーって気持ちがいっぱい溢れてたまらなくなる。

「…子津くん」
「は、はい」
「ご、ごめんね?」

 ほんとうは明美さんのラブレッスンレベル57の内容なんだけど、子津くんのこと、すきだって気持ちがぶくぶく膨らんでとまらなくなって。わたしは繋いでいた手をそっとはなして、子津くんのバンダナをずらして目かくしする。

「? ど、どうしたんっすか…」

それから、驚いている子津くんの唇に自分のそれを押し付けた。三秒くらい、たってから、離れて、ごまかすみたいに笑って、
「へ、へへ。しちゃった。子津くん、だいすき」
というと、バンダナをちゃんと戻した子津くんにだ、抱きしめられた。ちからが、つよい。すこしだけ、汗の香りと、なんだか柑橘系?グレープフルーツ?の匂い。練習した後だから気にしてスプレーとか振ったのかなあ。やさしいなあ。すきだなあ、そういうとこ。

「ね、ねづくん」

 子津くんの心臓のおとが聞こえる。わたしの心臓もこんなにどくどくいってたら、どうしよう。あれ、っていうかこれわたしの心臓のおとかな?ううん、もうどっちでもいーや。子津くんに、すきだよ、って伝わればいい。いっぱいいっぱい伝わればいい。子津くんからも、こんなに伝わるんだもん。

「…大事にしたいって、今言ったとこっす」
「う、うん。言われたとこです」
「ボクは別段格好もよくないけど…」
「えっそんなことないよせかいいちかっこいいよ子津くん!金メダル級だよ」
「…そ、それでも篠村さんの前では格好よくいたくて…だから」
「は、はい」
「やり直し、してもいいっすか」
「!」







「猿野君!!!!」
「お~ネヅッチュー。どうだった、昨日は。バリアフリーもびっくりな大人の階段を建設できたか?ま、ちょっと強引だったか、凪さんのキャワイイお弁当タイムにお邪魔しようとしたらネヅッチューの彼女がいたんで、この猿野様がいつもお世話になってるネヅッチューの為に手取り足取りだな…」
「そ、その話っすけど!ぼ…ボクらにはボクらのペースがあるっす。協力してくれるのは嬉しいけどあの女の子の姿になってまで…」
「あ~兄ちゃんが子津くんに怒られてる~!兄ちゃんまたなんかしたのー?」
「お~聞け聞けスバガキ。実は昨日な…」
「さ、猿野君!」


20xxxxxx / アイ・ワズ・ボーン・トゥ・ラブ・ユー!