官兵衛様からいただくお給料がついに、ついに目標金額に達したのだ。ふっふっふと貯まったお金を見つめて下品な笑いを浮かべる。まず町に行ってあの着物屋で赤い色の着物買ってそれから簪と鏡も欲しいし化粧の道具も…それからそれらを見につけた自分を想像し、口元が緩んだ。
 いざ行かん、と喜び勇んで買い物への準備をした所でどこから現れたのか官兵衛様から声がかかる。

「つぐみ」
「ひっ、…あ、官兵衛様!どうしたんですか?」
「町へ行くのか」
「はい!えへへ久しぶりに買い物へ行こうかと!」
「ふむ…。少し待て。卿は無駄遣いをする癖がある」
「はあ」
「買う予定である物を書き出して見せよ。民から集めた金をくだらぬ事に使ってもらっては困る」




「官兵衛様できましたー!」

 という事で子供よろしく欲しいものを書き出して官兵衛様に見せた。すごい量になってしまったけどしばらく城下に行ってなかったし我慢したし!許可を得ようとうきうき気分で正座をしながら待っていると官兵衛様はわたしの買い物文書を広げるや否や眉ひとつ動かさずそれを破った。

「なっなにするんですか官兵衛様ー!」
「火種は消さねばならぬ」

 なんだと…!早く買い物へ行きたい気持ちを抑えて命に正直に従ったというのに!それに目的なく買いたいわけじゃないのに!わたしが官兵衛様に泣きつこうとしたらひょこっと襖の影から半兵衛様が現れる。

「官兵衛殿とつぐみちゃんはなーにやってんの」
「あ、半兵衛様!聞いてくださいよ官兵衛様ったらひどいんですよ!」
「うわなにこの長い巻物」
「くだらぬ火種よ」
「違いますよー!城下へ行こうと思って」
「へえ、買い物?」
「そうです!」
「して半兵衛、卿はどうして私を訪ねたのだ」
「え、特に用はないよ。暇だったから」
「…そうか暇、か…」

 官兵衛様は半兵衛様とわたしに目をちらりとやってから、ご自分の机に一瞬その視線を注ぎ、それからわたし達をつまみ出すように部屋の外へ追い出した。

「私は秀吉様に頼まれた仕事を終わらせなければならぬ。卿らのような暇人に付き合っている暇はない」
「ええっ官兵衛様じゃあわたしの買い物は」
「却下だ」
「え~官兵衛殿の部屋に寝に来たのに」
「拒否する」

 スパーンッといい音が鳴って官兵衛様の部屋の襖がキッチリ隙間もなく閉められる。わ、わたしの買い物…!わたしの休日…!わたしが官兵衛様の部屋の前でがっくり項垂れていると、締め出しを食らうのなんていつものことだというように、半兵衛様はそのまま廊下に足をぷらぷらさせながら座って広い庭を眺めていた。
「まあまあつぐみちゃん、座って座って」
と半兵衛様が隣に腰を下ろすよう促したので、それに従う。

「買い物、行かないの?」
「官兵衛様に怒られてしまったので…」
「そんなのほっとけばいいのに」
「官兵衛様の命ですから従うよりほかなりません」

 と言葉ではいいつつわたしの声は落ちていくばかり。あの着物欲しかったのになあ。髪飾りも化粧道具も欲しかったなあ。でも官兵衛様の言う事もわかるから、わたしはこれ以上の言葉を飲み込むかわりに、俯いてはあ、と文句の最後のひとつと言わんばかりにため息を吐いた。

「じゃあつぐみちゃんは今日一日空いちゃったわけだ」
「そうですね。鍛錬にでも行くことにします」
「わあ真面目。でもそんなのつまらないよ」

 しかし、と反論しようと半兵衛様の方を向くと、それを隙だというように半兵衛様が急にわたしの膝に寝転がる。な、

「は、はんべえさま!」
「だーってさ、せっかく何もない日なのに、戦の為に動くだなんていけないよ。だからつぐみちゃんは動いちゃいけませーん」
「だ、だからって」
「いいじゃん、一緒にここでのんびりするのも」

 半兵衛様はわたしの膝の上で目を瞑る。とりあえず落ちてしまった半兵衛様の帽子を傍らに置いた…けれどこれは…動けない…!
 女といえど鍛えているし見た目にもやわらかそうにない太ももなんだけれどいいんだろうか。というかこういう時ってどうすればいいんだろう。確かに恥ずかしいし困るけどでもやめてほしいわけじゃなくって、…
 半兵衛様の髪が風にそよそよと揺らされる。どうしよう。半兵衛様に触れるわけにも行かずに手の行き場がなくなる。首まわりにかあと熱が集まる。

「つぐみちゃん」
「はっ、はい!」
「買い物だなんて、欲しい物あったの?」
「へ、あ。はあ…一応」
「何欲しかったの?」
「簪とか、お化粧の道具とか…いろいろです」
「へえ!珍しい。また武器屋にでも行くのかと思ってた」

 半兵衛様は寝ていなかったらしい。目を瞑ったままわたしの話に相槌を打つ。わたしだってお洒落してみたいんです、そう返すと半兵衛様が目をぱちりと開ける。

「それって誰の為?」

 声色が変わって驚いたけど、動けない。だれのため。…って言われてもただお市様や濃姫様を見てたらおしゃれって、いいかも…!と思っただけなんだけどなあ。というか、おしゃれって誰かのためにすることなのか。あえていうなら、この場合、自分のため?

「まーったく浮いた話のないつぐみちゃんが急にそんな事言い出すなんてさ。好いた男でも出来た?」
「え、いやそんな」
「いないの?そういう相手」
「あ、はあ一応…」
「そっか。じゃあさ、俺にしなよ」

 俺にしなよ。半兵衛様はそう言ってわたしの髪の裾に触れた。それからその手を頬に滑らせる。わたしの影が半兵衛様におちた。

「かわいいつぐみちゃんを見せるのは、俺の前だけにして?」

 半兵衛様が手の甲でわたしの頬を撫でるせいで、収まっていた首元の熱が一気に顔に集まる。熱が半兵衛様に伝わってしまう。その前に、なんとかその熱を抑えるように返答をしようとするも、「他の男に見せるのなんて悔しいじゃん」と半兵衛様は追撃をやめないのでますます熱は上がるばかり。わたしはおとこのひとにこんなことを言われたのは初めてで、どう返事していいのかわからず、でも何か言わないと頭が爆発してしまいそうで、「はんべ」えさま。そう言いかけたところでバンッと大きな音がして後ろの襖から禍々しい殺気を感じた。振り向くと妖気球を持った官兵衛様が立っている。

「え、かかか官兵衛様?!」
「せっかくの休みだと情を持ち火種の燻りを残しておいたのが悪かったか、半兵衛」
「やだなー官兵衛殿、聞き耳立ててるだなんてやーらしーい」

 わたしが焦るのを尻目に官兵衛様と半兵衛様は話を進める。わたしの背にはいまにも鬼の手を出しそうな官兵衛様、そして隣には起き上がって帽子を手早く被りなおした半兵衛様。半兵衛様は対照的に楽しげに微笑んでいる。

「第一、私の部屋の前で騒ぎ立ててくれるな」
「女の子を口説くのに時と場所は関係ない!あ、これ俺曰くね」
「ふざけた事を」
「っていうか官兵衛殿、実はだいじーなつぐみちゃんが俺に取られると思って心配で出てきちゃったんじゃないの~?」
「…卿はよほど眠りたいとみえる」

 官兵衛様が攻撃せんと動いた瞬間、半兵衛様が手を取ったのは羅針盤でなくわたしの手だった。

「逃げるよつぐみちゃん!」
「え、わ、!」

 わたしの手を握る力がさっきと違って強くて驚いた。官兵衛様とはまた違う背中に引かれるまま着いて行く。いつもなら官兵衛様に後で怒られてしまうかも。そう考えるのに、今は胸の鼓動の正体を、持った熱が冷えないわけを、何よりも知りたくて仕方ない。

20xxxxxx / ダイヤモンドパレード