全体をピンクでレイアウトしているその本はまさに来る2月14日にウキウキしていることを隠せていなかった。「ドキッ？！これで完璧！本命チョコレート！」…なんて恥ずかしい題名の本なんだ…買った時は今年こそ、そう思っていたのに今となっては無理だという思いのほうが勝ってて、ページを捲る手も遅くなっていく。今日はわたし以外みんな遅れるとかで堂々と部室でこの小恥ずかしい本を開けるというわけだ。

「……無理だよ～…」
「あら、熱心な顔をして、対戦ノートでも見てるかと思えば」
「か、監督！」
「ふうん、バレンタインね…」

　わたしはあんまり集中していたのか、監督が近づいていたことにも気付かなかった。ひょいと取られたその本を取り返すべく手はのばすけれど届かない。「か、監督～！」と情けない声を出したところだった。監督に本で顔をぺしんと叩かれる。

「へぶっ」
「ねえつぐみ」
「はい」
「当日、楽しみにしてるわね」
「…は、は～い」

　勿論監督にもあげるつもりだったけれども！監督は部室を後にしようとして、突然振り返る。にこりと弧を描いた唇は大変きれいだった。

「あ、そうそう」
「はい？」
「あの子を倒すのなら、正攻法じゃないとダメよ」

　監督の楽しそうな顔と、「あの子」、その意味を理解してわたしは顔が赤くなる。

「～～～～！監督っ！」



　当日、わたしの手の中にはピンクで包装された箱が握られていた。いつもより何分も早くついた教室。翼の机のそばで立って、わたしはあの日の監督の言葉を思い出す。「正攻法」。わたしのチョコレートはまさにその反対で、名前もカードもついていない。無記名、それでいて手作りのチョコレートは翼は受け取らないことにしているということは知っていた。「何入ってるかわかったもんじゃないし」それとなく聞いたときの返事、それからその時の翼の顔を思うとぐっと心苦しくなる。一応、手作りではないし…大丈夫かなあ。監督、ごめんなさい。はじめて監督の言うことに背きます。朝練の時間も迫ってきたのでわたしは翼の机にそのチョコレートを押し込んで、グラウンドに向かった。



「つぐみ、今日は何の日かわかるか～？」
「そわそわしなくてもわかってるってばナオキ。みんなの分作ってきたから」
「つぐみの作ったのって何入ってるかわかんないよね」

　放課後、部活が終わってから、みんなに小さな手作りのチョコを渡す。翼もあんなこといいつつ受け取ってくれた。義理なら、…みんなと一緒なら、すんなり渡せるのにな。鞄を手にとって帰ろうとしたら、翼から声がかかる。

「あ、つぐみ残ってなよ」
「へ」
「悪い。みんなは先に帰っててくれない。俺こいつに次の試合のことで話あるから」

　翼はわたしの腕を引いて、帰るのを阻止する。ど、どういうことだ…みんなも「おう」と素直に翼に従った。
　…もしかして、バレた…と、か…。平静を装ってわたしは部室の机に座って、戦術や対戦表、データなどが書かれているノートを開く。けれど、わたしの疑いはただの疑いだったみたい。翼はわたしの向かい側に座って、丁寧に次の試合にむけての戦術を説いた。
　ノートにさす指先が綺麗だ。声が真剣。最初こそ速く感じた翼の解説は、しばらくたって丁寧で、わたしに説明するためにわざといつもよりゆっくり話していることにわたしは気付いた。サッカーがうまいだとか、顔がかっこいいだとか、それだけじゃない。翼の魅力はいっぱいあるのだ。…やっぱり、ちゃんと告白するべきだったかも。

「…………だから、ここを見ておいてほしいんだけど。ねえ、聞いてる？」
「…えっ？あ、き、聞いてる！超聞いてる！」
「ほんとかよ。で、最後にひとつなんだけど、」
「うん」
「このチョコ、お前の？」

　翼はニッコリ笑ってピンクの包装紙で包まれた、見覚えのあるチョコレートを自分の顔の横に掲げた。わー笑顔がやっぱり監督に似てる～…じゃなくて！

「え、え？！」
「だからコレ、お前のだよね？ふ～んそっか、つぐみ、俺の事すきだったんだ」
「な、ななな、なんで…！」
「俺の机に入れとくお前が悪い。俺が無記名のは受け取らないって、女子は知ってるらしいから今年、そういうの一つもなかったんだよね。しかも朝早く来て、教室の鍵開けてるの、つぐみでしょ。ま、筆跡変えて翼へ、だとか書いてたらお笑い種だったけどね。で、手作りじゃないだけ頭足りてるみたいだけど、俺がお前の事わからないとでも思った？」

　わたしはなにもいえなくなる。翼からバカとかアホとか言われるのは慣れてる…けど、これは痛い。グサグサ突き刺さる一言一言にわたしは思わず俯いた。
　やっぱり、卑怯なことをしたらいつか返ってくるって本当だ。…でも罰あたるのはやすぎないですか神様！　顔が熱い。背中から冷や汗なんだか熱いから汗かいてるんだかわからない汗が伝う。正直言って泣きそうだと思った。監督の言うとおり、正攻法、で、ちゃんと渡せばよかった。告白すればよかった。後になって言われるなんてバカみたい。何も言えないでいると、「ま、でも」急にコンと頭がなにかで叩かれる。あげたチョコで、翼がわたしの頭を叩いたのだ。

「貰っといてあげる」

　わたしがその一言に、叩かれた頭を押さえながら顔を上げると翼は既に鞄を背負って立ち上がっていた。

「え…」
「なにボサッとしてんの。早く用意しなよ。まったく本当お前はいちいち遅いんだよ」
「え、な、なんで…」
「一緒に帰るんだろ？」

　翼がわたしに手を差し出す。ど、え？どういうことだ…！　一緒に帰ってくれるの？　差し出された手は握ってもいいってことなの？ペンやら消しゴムやらを急いで鞄に詰め込むと、翼が「それくらい待ってあげるって」と言って笑う。

20xxxxxx / 吐息さえ僕のもの