幸村にしては珍しく縁側でうとうとと船を漕いでいた。無理もない、春眠暁を覚えず。朝の早くから鍛錬をし、その後はねねの作る大量の、それでいて美味しいご飯を食べるというなんとも健康的な日々を送っているのだから。昼食後のゆっくりと流れる時間がなんと眠気を誘うことか。

 いつもなら、と幸村は思う。いつもならくのいちがいるのだが、そんなくのいちも今は甲斐殿と城下へ買い物に出ている。年頃の娘なのだから、そういった楽しみも必要だろう。三成殿と左近殿は朝からなにやら忙しそうにしていたし、兼続殿は今朝から見かけていない。慶次殿と孫市殿と政宗殿はどこかへ出かけているようだし、清正殿と正則殿の仲良さげにしている所に無理矢理入るのも…と、そこまで思い幸村は目蓋を閉ざした。これだけ気持ちよいのだから、今日はお天道様が昼寝をしろと直々に申しているのかもしれぬ。竹中殿が仰っていた、寝て暮らせる世とやらに今日は自分も賛成しようではないか。

「廊下で昼寝とは大変お行儀がよいですね、幸村」

 頭の上から降りてきた声に目蓋を開けるとつぐみが立っていた。幸村を見てつぐみはくすくすと笑う。幼き頃から秀吉とねねに実の子同然として育てられたつぐみは秀吉が天下人となった今では豊臣の姫のようなものだ。が、本人は姫というような気位の高さを持つ様子もなく、天真爛漫で少々お転婆な所は昔よりまったく変わらない。…と、三成殿が申していたような。幸村が姿勢を正すとつぐみもその隣に当然のように座った。

「幸村、今日は一人なのですね」
「ええ、皆さん忙しそうにしております故」
「私も今日は一人で城内を散歩していた所です。そうしたらこんな所で眠っている方がいらっしゃったので」
「も、…申し訳ございません」
「いいえ、今日のような天気はお昼寝日和ですもの。竹中殿なんて朝からまだ起きてらっしゃらないのよ。いつものことですが黒田殿が呆れてらっしゃったわ」
「それはそれは…」
「それにしても、もののふもこのように無防備にお休みになるのね」
「私などはまだ立派なもののふでは」

 ありません、と言おうとしたのをつぐみがあまりに優しい微笑みを見せたので幸村は口をつぐんだ。この姫様は私をもののふと認めて下さっているらしい。かあ、と頬が熱くなり、照れの気持ちが胸に広がる。つぐみは幸村のことなど気にせず目の前に広がる立派な庭に視線を移していた。

「あ。そうでした。幸村、眠いのでしょう?肩を貸してさしあげましょうか」
「さ、さような事は」
「私も用がなくて暇ですから。さ、つぐみに幸村の頭を支える命を下さいな」

 幸村が手を振って否定をするものの、このつぐみは自分がすると決めたら頑固にもそれを変えようとはしない。そもそも、あの2人に育てられただけあって愛嬌たっぷりの笑顔を見せて頼むのだから否定など誰も最初から出来ないのだ。にこにこと期待するつぐみに、幸村が断れるわけがなく、「失礼、します」と言いながらそろそろとつぐみの肩に頭を近づけた。だが恥ずかしさと照れが幸村を襲っていたのは数秒間だけですぐに先ほどまでの眠気が自分を襲う。目を閉じると庭に来ていた鳥達の鳴き声が聞こえる、陽の暖かさを感じる。その中でそっとつぐみの優しい香りがする。



「幸村、日本一のもののふになるというのなら、如何なる時も油断してはならないのですよ」

 つぐみの言葉に返事を返したのか返さなかったのか幸村にはもうわからなかった。とろりとした幸福にも似ている心地の良さが幸村を包んで、すぐ眠りに落ちた。




 幸村が目を覚ますと、布団の上にいた。はて、と思い返す。つぐみ殿はどこへ…それともすべて自分の都合のよい夢であったのか。幸村が首を傾げると襖の向こうから幸村の名を呼ぶ声が聞こえた。

「幸村様、起きました~?夕食の時間なんですけど!襖開けても大丈夫ですか?」
「くのいちか…悪いな、すぐ行く」

 幸村が立ち上がったと同時に襖がくのいちの手によって開く。外からの夕日に一瞬だけ目を細めた。くのいちが帰ってきているのだから当たり前だ。かような時間まで寝ていたとは、情けない。一日が終わってしまったではないか。ガシガシと丁寧とは言えない手つきで頭を掻く。

「おはようございま~…プッ、幸村様!なにその顔!」
「か、顔?」
「すっごい事になってますよ~!さてはつぐみちんの仕業かにゃ~?」

 くのいちがスッと差し出した手鏡を覗くとそこには丁寧に頬や額に墨で落書きをされた自分の間抜けな顔が。してやられた、自分は暇つぶしにされたとここで初めて気づく。幸村は眠りに落ちる瞬間のつぐみの言葉を思い出した。油断してはなりませぬ、か。あの天真爛漫な姫様らしいな。此度の昼寝合戦はつぐみの戦略勝ちである。

20xxxxxx / 可愛いあの子を捕まえたい