「なに? これ……」

 目の前に、綺麗に包装された小さな箱が鎮座している。二宮隊の隊室は常に整頓されていて勿論デスクもピカピカだから、わたしの戸惑う顔がよく反射していた。

「何って、チョコレートだろ」

 探していたファイルが見つかったのか、二宮くんがデスクを横切りながら当たり前のように吐き捨てる。二宮くんのこういう物言いは馬鹿にしているように聞こえるけれどその実、本気でわたしがわからないのを疑問に思っているのだ。損な性分だと思うのと同時に、そういう二宮くんの不器用なところがわたしの心を和らげるのもまた事実だった。

「犬飼と買い物に行ったついでに買った」
「なるほど……」

 わたしがリボンを解こうとしないのは出処が不明だからだと思ったのか、二宮くんが先手を打つ。そういえば先週、犬飼くんが服を買いに行くのに着いて行くとか言っていたような気がする。二宮くんがこういう催しに興味あるとは言い難いから、大方犬飼くんが賑わいを見つけて寄ってみたいと誘ったんだろう。男同士でああいうところ、ましてや人混みに入って行くのは難易度が高いように思われるけど、犬飼くんはそういうのをすらりと躱してしまえるタイプだし二宮くんもまた必要以上に周囲を気にするタイプでもなかった。
 
 開けるね、と断って包装紙を開いていく。こういうのを器用に開けるのは二宮くんが圧倒的に得意だから普段ならお願いするのだけど、今は仕方ない。破らないようにと緊張が走る。二宮くんは仏教面でそんなわたしの指先に一緒に視線を落としていた。

「かっ……かわいい……」

 蓋を開くと、箱の中の猫とウサギとハムスターの形を模したチョコレートと目が合う。そのゆるい表情に思わず声が漏れた。

「二宮くん、よくこんなの買えたね……」

 一体どんな顔をして選んだのか。二宮くんからの贈り物だという事実に飛び上がって喜びたいのを抑えて疑問が募った。
 最近は逆チョコだったり甘党男子も珍しくないから、二宮くんならダンディーなシェフが監修してるチョコレートのほうが似合いそうだし、買いやすいだろう。なのにわざわざこんなファンシーなチョコレートを選ぶ理由なんて一番空いていた店だったか、それとも出口に一番近かったかしか浮かばない。

「好みじゃなかったか」

 ……と思っていたのに。二宮くんはわたしの想像の範疇をひょいと飛び越えてしまう。

「……目立ったでしょ……」
「そうでもない。ああいう所にいる人間は周囲を気にしてないだろう」
「うそだあ……」

 それは二宮くんもでは、なんていつも通りの返答が出てこない。つまりたまたま入った催事とはいえ、二宮くんはわたし好みのものを選んでくれたということだ。人混みの中で。わざわざ。
 じわじわと胸にあたたかいものが広がる。その勢いは身体中を支配しそうなほどだった。普段からいろんな難しいことを考えているであろう二宮くんの頭の片隅を、ほんの数分でも確実にわたしが占めていたのだ。自分ばかり欲深くなっているような気がする。

「ホワイトデーは五〇倍返しだね」
「また無駄遣いする気か」
「シフト入れまくれば大丈夫! あっ、でもそしたら二宮くんとデートできなくなっちゃうかあ……」

 それは寂しいね、なんて冗談めいて聞いたつもりが二宮くんは肯定するように沈黙したのでとうとうわたしは赤面するしか術がなかった。

20220709 / 甘い沈黙