振り向かせたい人がいる。アイドルならば当然だ。それを生業にしているのだから。ボクたちの職業は聴いてくれる人がいるからこそ成り立つ。けど、アイドルという肩書きを脱したその時に、ボクが振り向かせたいのは――……
撮影は瑛一の番だった。二ヶ月後に発売される曲の販促のためのもので、瑛一は表情や佇まいこそ大きく変えたりはしないけれど、微妙にポーズを変化させてスムーズに撮影をこなしていく。
「やけに真剣じゃねえか」
頬杖をついてその様子を見ていたボクに話しかけてきたのは、同じく撮影の順番を控えている大和だった。瑛一の次だというのにスタジオの隅で日課兼趣味である筋トレをしていた彼は、衣装のジャケットを勝手に脱いでいる。またヘアメイクのやり直しだろうなと呆れつつ、額についた汗を拭うよう手元にあったフェイスタオルを渡した。
「まぁね。新曲久しぶりだし」
「……個人仕事が……続いた……」
ボクの話に続くようにして口を開いたのは綺羅だ。綺羅の言う通り、このところボクらは全員で仕事をするより個人でラジオやらテレビやら舞台やらに呼んでもらうことが増えた。今日だって、本来ならCDジャケットの撮影なんてものは全員揃ってグループショットを撮ることから始まるのが通例のところを、シオンに舞台の顔合わせ予定があるとかで個人撮影から始めることとなった。後で合流してから全員で撮影するみたいだけど、一体何時の話になるんだか見当もつかない。
「瑛一の撮影を参考にでもしようかなと思っただけ」
「……参考……」
「お前が瑛一の真似をしてもしょうがねえだろ」
大和が顔を拭きながら言い放つ。あーあ、メイクが。
「あのねえ、真似じゃなくって参考だから、さ・ん・こ・う! ボクだっていろいろ考えてるんだよ? キャラ変とか……」
しまった。言うつもりじゃなかったのに。ついぽろっと口をついて出た単語を取り繕うべく唇を結んでももう遅い。綺羅と大和はボクの顔をまじまじと見つめた。
「キャラ変だあ?」
「ナギは……そのままで充分……」
「……それはもちろんわかってるけど……、ただ宇宙一カワイイって称号の他にもあれば最強じゃんと思っただけ!」
「例えばどういうのが最強なんだよ」
「……………………カッコイイ……とか」
「かっこいいだぁ? そりゃオマエ、今までと真逆じゃねえか」
「だからこそだよ! あのねえ大和、ボクは真剣にヘブンズの未来とエンジェルへの需要を考えて……」
「お、瑛一終わったか」
「ちょっと大和聞いてるの!?」
「ナギ……髪が……乱れる……」
「もお~っ」
興味があるのかないのか、話を早々に切り上げた大和がカメラの前に向かう背中を見送る。
今のままで充分。今までと真逆の方向に行くことはない。そんなこと、ボクだって理解してる。ファンの求める帝ナギはボクが一番わかっているつもりだ。
だけどそれを押してでも考えているのは、この間のことがあったからだ。
「かっこいいね」、そう言ったのはマネージャーのつぐみだ。ボクがこの間単独で呼ばれた雑誌の写真を見て零した感想。きっと、本人は覚えていないだろうけど。
つぐみと出会ったのはHE★VENS結成前で、最初はこんな頼りなさそうなマネージャーで大丈夫か疑った。実際、マネージャーの癖にボクたちタレント側が手助けするなんて場面はよくあったし。どうして瑛一たちがつぐみをクビにしないのか不思議だったくらいだ。
でもだんだんそばにいる時間が多くなるにつれて、つぐみの諦めの悪さはへこたれない強さに、往生際の悪いところはひたむきさへとボクの認識が変わってきた。まあ、今でも要領の悪さには呆れることがあるんだけど。
つぐみは周りのことをよく見てる。それが本人の持つ元々の素質なのか業務柄なのかわからないけれど。だったらつぐみのことは誰が気にかけてやるんだろう。元々オーバーワーク気味なところに加え、自分のキャパの狭さに中々気づかないような人間だ。大丈夫、が口癖の人間って大抵大丈夫じゃないものだし。
だから、ボクが。カワイイだけじゃなくって、もっと目を離せないくらいいろんな魅力を手に入れて、そしたらつぐみを――……
「お待たせしました! 天草シオンです!」
やたらと通る声にハッと顔を上げれば、新曲の衣装に身を包んだシオンと続いてつぐみが急いだ様子でスタジオに入ってきた。聞いていたはずの入りの時間よりずっと早い。
「随分早かったね」
シオンがタイムテーブルを確認している間、そばに立っていたつぐみに話しかける。
「ナギくん! そうなの、前にもシオンくんと共演していた俳優さんが多くて思ったよりもスムーズに終わっちゃった」
「ふうん。シオンは舞台仕事多いもんね」
「本人も慣れてきたみたい」
万々歳。つぐみが続ける。
「ナギくんは今日、調子どう? 個人撮影は……順番がまだか」
「心配しなくてもちゃ~んとやれるよ」
「もちろん、わたしが心配なんてしなくてもナギくんならやれるってわかってるよ」
「そうじゃなくて」
「?」
そこでつぐみはようやくボクに視線を移した。不思議そうな瞳にボクはどんな風に見えているのだろう。こども、アイドル、仕事相手、その他には?
「……本気でいくって言ったじゃん。まさかつぐみ、もう忘れたの?」
つぐみが丸くした目を細めて、そうだったねと呟く。
撮影は滞りなく終えられた。とはいえもうすっかり夜空には星が瞬いている。事務所に戻ったボクたちを待ち構えていたのはまた個人仕事だ。瑛二と大和はそのままラジオの収録へ。綺羅は書き物、瑛一はスタッフさんと打ち合わせ、ヴァンは明日のロケの確認。シオンも台本読みをしてから帰るらしく、ボクだけが帰路につくこととなる。
「ナギくん、用意できたら駐車場行こうか。寮まで送るね」
つぐみが社用車のキーを持ってボクに声をかけた。童話のシンデレラよろしく未成年は仕事の就業時間が決まっていて、ボクはどうしたって他のメンバーより先に帰らざるを得ない。それに加えて、よりにもよってつぐみに送ってもらうのだ。瑛一とかヴァンだったら、つぐみを送って行くことだってできるだろう。こういう時、自分がまだこどもなのだといやでも痛感させられる。
つぐみが選ぶ社用車は事務所が持つ中でも小型のもので撮影に使ったリムジンとは大違いだ。悲しいかな、助手席のシートにもすっかり慣れてしまったボクはいつものように扉を閉め、シートベルトを締める。ゆっくりと発進した車が事務所を離れて行くのを窓の外を眺めながら感じていた。
「ねえナギくん」
「何」
「キャラ変するの?」
信号待ちの間、不意につぐみが言った。その深刻そうな声に思わずガクッと頬杖が解かれる。
「何なのいきなり」
「大和さんから聞いて……、あの、今までの仕事が不満ならもっと違う系統のものを営業するように……!」
「ああ、そういうこと」
何を言い出すかと思えば。そういえばつぐみの悪い癖のひとつに早とちりもあるんだった。思わずため息が出る。
「別に今の仕事が不満っていうわけじゃなくてさ、」
「あ、そうなの……!」
「ただ、もう少しキャラを決めずに活動してみてもいいかな~って思っただけ」
そうすれば仕事の幅も広がるでしょ。そう付け加えるとつぐみはホッとした様子でハンドルを握り直した。
「これからは個人仕事ももっと増えるだろうし。そうすればグループにも還元できるでしょ?」
「……ナギくん」
「何?」
「しっかりしてるよね……!」
「ナメてんの?」
「そんな! 滅相もない! でもそっかあ、ナギくんもそろそろ、そうだよね。方向転換してみるのも……だったら次の営業で、」
ぶつぶつとひとり集中モードに入ったつぐみの横顔を見つめる。ボクの記憶の中のつぐみはいつもこんなふうな顔だ。真剣な表情。メンバーと同じくらい、グループのことを考えている顔。
「ま、ボクのキャラの幅を広げるのが一番手っ取り早いよね。年齢的にもさ、これからのことを考えると……ねえつぐみ、聞いてるの?」
どうせ聞こえてないんだろうな。しょうがないなあ。でも彼女のことだから、きっと明日……とまではいかなくても、ボクのこれまでの活動を集めて資料を作りこれからの営業に活かしてくれるんだろう。その中に、この間つぐみがかっこいいと評価した撮影が入っているといい。
つぐみの睫毛が街頭に照らされるのを見ていた。輝き続けていたらその眼差しがいつか、ボクだけに注がれるって信じていてもいい? 憧れのような、けれどそれにしてはやけに熱っぽい、名前のつけようもない感情を助手席に乗せて、小さな車は夜の街を駆けていく。
20211025/ いつか一等星より眩しくなる日に
(bouquet再録)