6.那須玲
本日をもって以下の隊員をS級隊員とする。
二宮匡貴
以上
その張り紙がボーダー本部の掲示板に貼られてから、もう一週間が経った。
「聞こえるかしら、ふたりとも」
明日の防衛任務は二宮隊――といってももう二宮さんはいないのだけれど、慣れないからそう呼んでいる――と一緒の予定だった。私は病院での検査があったから、ふたりに事前打ち合わせを頼んだのだ。自室のベッドに座ったまま、タブレットを通じてその内容を教わる。
「じゃあ犬飼先輩の所はひとり誰かを混じえるのね」
液晶の向こうで、小夜子とくまちゃんが「うん」と頷いた。
犬飼先輩と辻くん、それから氷見ちゃんだけとなった二宮隊は、防衛任務のシフトにも変わらず入っている。
「色々な人を呼んでシフトに入っているみたいね」
犬飼先輩と辻くんはふたり揃って実力者であるにもかかわらず、手の空いている隊員を組み込み、混成部隊のような形で任務に就いているらしかった。
くまちゃんや小夜子が代わりに打ち合わせに出てくれた今日も、犬飼先輩が「誰か連れてくるから心配しなくていいよ」と言ってくれたそうだ。
「……あたしたちは辻くんがいるから混成部隊にはなかなか呼ばれなさそうだけど」
画面の向こうでくまちゃんが残念そうに言った。辻くんは女の子が苦手なのだ。
「残念よね。二宮隊からは学ぶことが多いはずだわ」
実力者のいるチームだ。即席でも、入ってみたいという人は少なくないだろう。実際、射手である二宮さんが隊長をしていた事もあって、アドバイスを貰ったこともある。
「………二宮さん、最近は東さんについて研究の方もしてるって」
くまちゃんが言う。
二宮さんは、隊から離れ個人になったことにより、このところ東さんと一緒にトリオンの研究をしているそうだ。例えばベイルアウトなんかについてとか。誰も何も言わないけれど、つぐみさんの影響だろうな、と思っている。
「それじゃまた明日」
そうしてしばらく話したあと、くまちゃんと小夜子に笑いかけ、タブレットの電源を落とした。空はもうすっかりオレンジに染まり、その陽がうっすらと窓から射し込んでいる。
「というわけで、射手ひとり連れてきました〜」
じゃん! なんて効果音がつきそうな笑顔で犬飼先輩が紹介したのは、二宮さんだった。
まさかの人物に驚いて、くまちゃんなんかは目をぱちくりとさせている。そんな私たちを気にもしないで、二宮さんは「よろしく頼む」と平然と言ってのけた。その様子は無理矢理連れてきたとは到底思えなかったから、あくまで合意の上でここにいるのだろう。
「え、S級連れてきていいんですか!?」
と、くまちゃんが犬飼先輩に問いかけるも、
「ダメとは言われなかったけど。ね、辻ちゃん」
「えっあっ、えっ」
「新しいトリガーに慣れる為には実践で場数を踏む必要がある。迷惑はかけないつもりだ」
なんて、すっかり言いくるめられてしまった。
いくら射手ランキング一位だとしても、過去に資料がないトリガーを使いこなすには経験が必要だそうだ。納得してわかりましたと答える。
「じゃあ昨日の打ち合わせ通り、西はこっちで。東はお願いね。なにかあったら即通信! よろしく〜」
ひらひらと犬飼先輩が手を振って背を向ける。四人並ぶ姿になんら違和感がないのは、二宮さんも犬飼先輩たちも未だ同じ隊服を身につけているからだろうか。
開いた門に向かって飛び出したのはくまちゃんだった。
「こちら那須隊。バムスターが複数出現しました。応戦します」
「こちら犬飼。こっちも出たよ、イルガーだ」
通信しながら、くまちゃんの背を追うようにトリオンキューブの軌道を描く。バムスターの装甲は硬いけれど、倒すのは容易だ。くまちゃんの孤月が清々しく振るわれ、きれいに真っ二つになっていくのを見るのは気持ちが良い。
「…………こちら那須隊。出現したバムスターは無事全機倒しました。そちらは…………」
どうですか。と、続けるつもりだった。その瞬間、夜とは思えないくらいの眩しい光が西の空を包む。
「……熊ちゃん、二宮さんのブラックトリガー見たことある?」
「…………ない」
あれはまさか。くまちゃんと顔を見合わせた。異常気象でもない限り、あんな光を放つことができるのはブラックトリガーに違いない。それ以外に、あんな光を出せるトリガーを私は知らない。
「綺麗……」
思わず口をついて出た言葉に、くまちゃんが同意した。
サイドエフェクトを持ち、射手としてじゅうぶんなトリオン量を保持していたつぐみさんを羨ましいと思った人もいたかもしれない。でもつぐみさんは時々もがいているようにみえた。
そういう時に私と目が合うと、困ったように笑ったのだ。換装体を得て自由になった私とは違い、隊服を着て戦うつぐみさんはどこか苦しそうだった。二宮さんはそれを支えていたのだろう。どちらも決して口にはしなかったけれど。そういうふたりだった。
「――こちら犬飼。え〜、イルガーを倒した後またその他諸々が出現しましたが二宮さんが秒で倒しました」
どこか笑いを含んだような通信に、くまちゃんが「見ていました」と返す。上からのぞくと、ブラックトリガーを放ったであろう西部は更地になっていた。
「…………すまん、まだ制御できん」
「いいえ、…………綺麗でしたよ」
本心だった。 夜明けのような光だったのだ。
いつか誰かが、このトリガーを手にしたとしても。あの眩しいくらい綺麗な光を放つことができるのは二宮さんだけだろう。それはきっとトリオン量に関係なく。
つぐみさんは、二宮さんの隣が何よりも似合っているからだ。