5.蔵内和紀
集められたのは、二宮さん、加古さん、俺、それから木虎と絵馬だった。仮想空間に並ばされたかと思うとアナウンスが流れる。
――それでは、これからブラックトリガーの使用者を決定します。制限時間はありません。各自転送後は速やかに戦闘を始めるように。 転送します……
その数十分前。
隊室に置かれた時計を視線だけで確認したと同時に、王子がわざとらしくパタン、と音を立てて読んでいた本を閉じ、ソファから立ち上がる。
「さて、数十分後には蔵内がS級隊員になるわけだけれど」
「バカ言うな。まだ結果はわからないだろう」
「始まる前からそんな弱気じゃ勝利は掴めないよ、蔵内。なんと言っても起動テスト参加者はそうそうたるメンバーだからね」
王子の言う通り、今日はブラックトリガーの争奪戦で、俺がそれに気が進まないのも事実だった。
ただ、ランク戦でランキングの位置を操作するため自死するとペナルティがあるように、この争奪戦も勿論、手を抜いた戦いを見せると何かしら罰せられるだろうことは容易に想像できる。
それでなくともブラックトリガーだ。驚異的な戦闘力を保持するそれを、より強い人間が使用できるようなシステムにするのは理解できた。
「使ってみたくないのかい、ブラックトリガー。気が進まないようだけれど」
その答えは、どれも正解でない気がした。なぜならばそのブラックトリガーを創り出したのは、他でもない同じポジションの先輩、篠村さんなのだから。
まさか、起動できるとは思わなかった。無数のトリオンキューブがいつもの立方体から平たい六角形の鏡のように無数に変形し、強く乱反射するように輝きを放ちながら俺の周りを漂う。どのように使用するのかは実際に使用者が決定してから様々な実験と研究を重ねるらしいが、俺も射手の端くれとして、興味がないかといえばノーだ。
けれど、どう考えてもそれを使用している自分が想像できない。
というより、それを使うのは二宮さんだと確信していた。そして王子もそうだったようで、
「いいかい蔵内。ウチは今期 二宮隊には負け越してる」
テーブルに伏せられていたタブレット端末を手に取り、戦歴をタップして見せる。
「ああ」
「二宮さんは滅多に個人戦には出ないし、これは弱点を握るチャンスだよ。いい機会だと思って全力でぶつかってほしい。たとえ蜂の巣にされたとしても」
「お前が言うと冗談に聞こえないな」
ふと笑うと、王子も笑みを浮かべた。
「それに、」
「物語には悪役も必要だしね」
「悪役になれって?」
「だって美しすぎるじゃないか。死んでしまった恋人を武器として戦うだなんて。 映画なら観客は大満足かもしれないけど、でもこれは現実だ」
王子は目を伏せて、でもきっぱりと口にする。
「篠村さんはもう戻ってこない。もしブラックトリガーを使うことで二宮さんがこれから、前に進めなくなったら……、彼は強いひとだけれどそうならないとは言えないし、そうなったら悲しいだろ。あんなに仲が良かったふたりなのに」
そこで蔵内、君だよ。王子が俺を指さす。大した任務だな。 言いながら、王子の人差し指を掌で防いだ。
転送先は、市街地Aだった。
住宅街を模したマップは全員が戦い慣れているといえる。アタッカー中心の争奪戦であれば恐らく何もない仮想空間で行われるのだろうが、今回はそのブラックトリガーの元の使用者が射手だったこともあり、起動テスト参加者も射手が半数を占める。射手が何もない場所で戦うとなると戦略を無視したトリオン量で勝負せざるを得なくなるため、ここが選ばれたのだろう。
(とりあえず…)
と、自分の位置を把握すべく全体を見渡そうとした時だった。すぐ近くで爆発音がする。思わず手近な屋根に登り、音がしたほうを確認した。その方角には、ぽっかりと穴があいたように更地ができている。アナウンスが流れた。
――……一名、ベイルアウトしました。残りの参加者は四名です
(……トリオン消費量なんて、無視だな)
更地になった面積は大きく、大量のサラマンダーを使ったのだろうことは想像にた易い。このメンバーであの量のトリオンをいきなり消費したとしても勝機があるのは――
「蔵内か」
……二宮さんだろう。そう思ったのと同時に、名が呼ばれ、振り返ると既に両手に立方体を携えたその人がいた。
換装体だが、ひやりと冷や汗が背中を伝うのがわかった。使えそうな障害物もここにはない。なんといっても、屋根のうえだった。
とにかく体勢を整えなければ。
ハウンドの軌道を描き、近くの電柱にぶつける。 二宮さんに当てるのではなく、それが倒れるうちに飛び降りて適当なところにまずは身を隠し、体勢を立て直すつもりだった。
「遅い」
二宮さんの声が聞こえた。
と同時に、俺はベッドの上にいた。
「おかえり、蔵内」
天井を背に、俺を王子が覗き込む。わざわざ待っていたのか……と思うと、さっきの会話は何だったんだ、と言いたくなったが、口にはせず、身体を起こしベイルアウトベッドから立ち上がった。
「二宮さんに落とされたよ」
「そう。少しは善戦した?」
「いいや。蟻の巣穴も空けられなかった」
俺の言葉に、王子はふっと笑う。
「悪役にはなれなかったんだね。 蔵内は優しいから」
後日。防衛任務を終え、学校に行く前に飲み物でも買っておこうと本部の自販機コーナーに寄ろうと廊下を歩いている途中、「蔵内」と二宮さんに呼び止められた。
「こないだの争奪戦覚えてるか。あれだが蔵内お前……」
争奪戦。その単語にぴくりと反応する。一体二宮さんは何を言うつもりなのだろう。確かに気は進まなかったし倒されはしたが、わざと負けるような真似はしなかった。けれど厳しい二宮さんの事だ。その気が進まない空気でも受け取ったのかもしれない。それともそもそも俺が起動できたことが気に食わないのか……と、何を言われてもいいように心の準備をしていたら、
「お前、軌道を描くのに自分のトリオン割きすぎじゃないか? 丁寧なのはいいが戦いは一瞬の判断で決まる。まあ、隊の方針にもよるがお前ならもっと大胆に攻める方向でも俺は構わんと思う」
と、アドバイスを送られた。
「あ、はい」と返事だけはして、でもあっけにとられていると二宮さんは更に、
「また次の話題ができたな。 次の会 お前が場所用意するんだろ。よろしく頼む」
と告げて、去っていってしまった。
射手の情報交換会、まだ出るのか·····と少しおかしくなって、俺はふっと小さく噴き出す。
「…………王子、お前の心配は杞憂みたいだぞ」
小さくなっていくしゃんとした背中を見送りながら、あの争奪戦を思い出す。圧倒的な力は、誰よりもブラックトリガーにふさわしかった。それに、彼ならば観客が望む物語のピリオドを描き出せるに違いない。