3.水上敏志

 気ィ重っ。俺がそう思ったのと同時に、おんなじ言葉が隣から飛んできた。発したのは同じ生駒隊に所属する狙撃手、隠岐だ。

「…………よなぁ〜。俺もそう思うわ。話しながらゲンナリしたもん」

 先程までの空気を解いて、イコさんが溜息を吐きながらそう呟く。

「で、テスト、いつなんですか?」

 カイが身を乗り出しながら尋ねて、マリオちゃんが「順番や言うとったやろ」と静かにその肩を戻した。
 この間の近界民襲撃で、136の家屋と14名の怪我人、そして一人の死亡者を出した代に俺らボーダー本部は新たにひとつのブラックトリガーを得る事となった。
 そして、そのブラックトリガーは、篠村つぐみさん――俺とおんなじ射手やった――が作り出したという噂が今この瞬間、事実になってしまったのだった。

「実際どんな感じなんです、 ブラックトリガーて。ウチはイコさんしか起動できへんかったやないですか」

 隠岐の質問で、そういえば過去にブラックトリガーの起動テストがあったな、と思い出す。その時俺の手に渡された風刃はうんともすんとも言わなかったけど、あれが起動できてたら今頃俺はここにおらんかったかもしれん、とか。

「うーん………ギューン! てかんじ」
「長考の末がそれかい」 

 いや、起動できても争奪戦があった。イコさんに突っ込みながら、思い返す。その頃ボーダーにいたわけじゃないから実際は知らないけれど、複数人が起動できたブラックトリガーはその持ち主を決める為にガチンコで対決させられるそうだ。新しいブラックトリガーは、もう既に適合者を出しただろうか。 篠村先輩が創り出したブラックトリガーは、一体誰を選ぶのだろう。

「あっ水上!」
 夕方から夜にかけての防衛任務後、夜間のシフトに入っている当貢隊と交代し、ラウンジを通りがかったところでふと名前が呼ばれた。夜の九時にこんな元気なんは誰やねん、と声の主を探すと、端の方でテーブルに身を乗り出し大きく手を振る奴がいる。

「デカい声で呼ぶなや恥ずかしい」
「や、だってまじ救世主! って思ったもんね」
「はあ?」
 四人がけのテーブルをひとり占拠して、犬飼はプリントを広げまくっていた。ちらりと盗み見すると、ボーダーの資料ではなさそうだ。というのも、図形が並んでいたからだ。

「そーいう事か。ほな」
「待って待って待ってホントに! 助けてよ〜、課題明日までなんだって」
「学校ちゃうねんからどうせわからんて。しかも犬飼推薦もろてんねやろ。もうテストも課題も適当でええやろ」
「そういうわけにもいかないんだって。水上頭いいじゃん、わかるとこだけでいいからさあ〜、おねがい」
「こらこらこら腕を掴むな」

 立ち去ろうとする俺の腕を犬飼が掴む。よほど困っているのだろう、こうなったらなかなかしつこいのを知っていた。観念して向かいの椅子を引いてそこに座る。

「いやあ、水上ならぬ水神……」
「あほ。はよ手動かせ。つか課題なんか隊室でしたらええやろ」

 テスト前という時期もあってか、本部にいる人の数はいつもより少ない。ラウンジで課題をしたところで、荒船やその他援軍が通りがかる確率は低いだろう。

「隊室ねえ〜……いやいいんだけど、なんか今居づらくて」

 へにゃりと犬飼が笑う。
 こうやって課題を溜めがちではあるが、犬飼は頭がいい。というより、要領がいい。テスト前に苦しんでいるところはよく見るにもかかわらず、 実際赤点を取ったとかいう話は聞いたことがないし、そもそも所属する隊をみるだけでその要領の良さがよくわかる。あの二宮隊だ。
 無駄なことは聞かへんし言わへんし、聞きもせんし言いもせん。だから、その犬飼がそう切り出すということは、聞いてもいいということだろう。

「……ブラックトリガーか」

 できるだけなんの感情も乗せずに言う。犬飼は「うん」と平然とした様子で答えながら姿勢を正した。

「噂では嵐山隊まで終わったっぽいんだよね。でも詳しいことはあんまり流れてこない」
「せやな。どっちにしろウチはお前らんとこ終わらな回ってこんわ」
「そうだよね」

 はーあっ。大きく息を吐いて犬飼は頬杖をついた。

「起動できてもできなくても嫌だなあ」

 起動テストは全員、平等に行われる予定だ。ただでさえ他府県から戦力になる人間をスカウトまでして三門市に来させている本部が、強力な武器となるブラックトリガーを利用しない手はない。それに、どうせなら優れたトリオン能力のある人間が使ったほうがいいに決まってる。

「……せやな」

篠村さんと二宮さんのふたりを思い出しながら呟いた。

 初めてふたりが並んだのをみたのは、定期的に行われる射手の会議でのことだった。
 射手には狙撃手のように合同訓練がないため、定期的に情報交換会を独自で行なっており、入隊したばかりのおれはイコさんを通じて蔵内から是非と誘ってもらったのだった。

(……ここか)

 今でこそ慣れたけれど、本部の中は学校などと違いどこか近未来のようなつくりになっている。情報交換会の会場となる会議室の扉もガラス張りで、外から中の様子がよく見えた。そこには既に蔵っち、那須 加古さん、二宮さんが並んで座っていて、その高級ホテルのラウンジかのような雰囲気に思わず、場違いでは……と、ただのパーカーで来た自分を恥じた。そしてアカンアカン、と引き返そうとそれこそ踵を返した瞬間、
「水上くん!」
と後ろから名が呼ばれたのだ。

「わー、どうもどうも! わたし篠村つぐみです! えーと、おんなじ射手の! 今日は交換会に来てくれたんだよね、ありがとう〜! 蔵内くんから聞いてるよ!」
「は、はあ……どもっす」

 初対面の相手に肩のあたりをばしばし叩かれ圧倒されていると、扉が開いて、
「……おい、何してる」
と、二宮さんが顔を覗かせた。

「二宮、水上くんだよ〜 来てれたよ! ありがたいね」

 篠村さんは、二宮さんの背中に手を添える。その触れ方は、なんとなくただの同級生にするようなものでも、初対面の相手にするようなものでもなくて、あ、付き合ってるんかな。とすぐにそう思った。片思いにしては、あの二宮さんがその手を払い退けることもなく受け入れていたのも、理由のひとつだ。
 会は、篠村さんも普通の服で後からきた出水もようわからんロンTを着て来てたからとりあえず安心してその後も参加できる事となる。

 俺の目には、ふたりは似た者同士にみえた。方向性は違うけど、どっちも世話焼き気質で、だから二宮さんは危なっかしい戦いをする篠村さんを、篠村さんは誤解されがちな二宮さんを放っておけなかったのだろう。

「………絶対さあ、辻ちゃんとかひゃみちゃんの前で言えないんだけど」
「なんや」

机に突っ伏した犬飼がすう、と息を吸って、

「つぐみさん、ひょっこり戻ってきてくんないかな〜〜」
と、その吸った息を吐きながら言った。

「二宮さんちょ〜いつも通りなんだよね、大学も行ってるみたいだし、それがさー」
「心配かけたないんちゃうか。みんな二宮さんのこと気にしてるやろ」
「おんなじ隊員なのに寂しいよね」

顔を上げた犬飼が薄く笑みを浮かべる。

「……辻ちゃんとひゃみちゃんはどう思ってるか聞けないけど、おれ、二宮さんに起動できてほしいんだよね」

 同じ隊員に聞けない理由は簡単に推測できた。ブラックトリガーは威力が強すぎて、その使用者はそのままS級となり、隊に所属することができない。つまり、犬飼の希望通り二宮さんが起動でき、その使用者となった場合、二宮隊から隊長である二宮さんが抜ける事になる。

「二宮さんとつぐみさんが一緒にいるの、好きだったからさ」

 おう、と言葉になってない相槌を打つ。 わかるで、俺もそうやった。 篠村さんといるときの二宮さんはいつもより何割か増しで表情筋が動いてたし、二宮さんといるときの篠村さんもいつも笑ってて楽しそうで、こんなん言うのは恥ずかしいけど、しあわせそうだったから。

「……そしたら犬飼、お前が隊長になるんとちゃうんか」
「隊長ね〜〜。ね、水上どう? 犬飼隊に入隊」
「あほぬかせ」

スカウトすな、と犬飼の頭を軽く叩くといてっと大袈裟にリアクションをとる。その演技がへたくそすぎて、この不器用な奴ら全員が、なんとか上手くいくように、柄にもなく願ってしまった。